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南アジア分析(上)中国パキスタン経済回廊CPECは勢力関係の縮図

中国とインド洋をパキスタンを経由して結ぶ「中国・パキスタン経済回廊(CPEC=China Pakistan Economic Corridor)」を通った積み荷が2016年11月13日、初めてスリランカコロンボ港を経由し、アラブ首長国連邦のドバイに向け出港しました。CPECは中国の「一帯一路」構想における中心的な役割を果たし、その出口に当たるバロチスタン州にあるグワダル港周辺は中国による厳重な警備体制が敷かれています。CPECにおいて中パの思惑はエネルギー政策の一点で合致しています。近い将来、米国を抜き世界第三位の人口に躍り出るパキスタンが待ち受けている深刻な電力・エネルギー不足をCPECによって解消し、一方、中国側はマラッカ海峡南シナ海を経由せずに中東や中央アジアのエネルギー資源を確保出来るという両国のメリットが強調されたものとなり、英国からの独立以降、域内での影響力を誇示するインドを孤立させるために、中国は長期間に渡り、パキスタンとの有効な外交関係を築き、また、特に2000年代に入ってから多額の外国直接投資を行ってきました。

CPEC建設計画概要
参照:http://www.siasat.pk/forum/showthread.php?412555-CPEC-Map-and-details


 総投資額(予算)460億ドルのうち、約330億ドルを石炭・火力、水力、太陽光、風力発電等のエネルギー分野に投下資本され、また、今回開通したのは、なかでも治安が比較的良いとされる最東ルートとなり、首都イスラマバードからラホールを経由し、パキスタン最大の都市カラチ近郊を通るものとなります。今後はアフガニスタン国境沿いルートでの建設も進むことになるでしょう。

ナショナル・ジオグラフィック提供のCPECの動画。13:39から圧巻の映像となります

 同時に注目されるのは約60億ドルを鉄道建設計画に当てられていること。2016年12月2日のthe Diplomatの記事"Trans-Himalayan Railroads and Geopolitics in High Asia"によると、ヒマラヤ横断鉄道の計画が検討されており、CPECの一部となる世界で最も標高が高いカラコルム・ハイウェイが開通している地点に併設にされるものとなります。既にパキスタン鉄道がその鉄道路線計画図の発表を行っており、最終的には、先日、中国と英国を結ぶ貨物列車が運行したアジア横断鉄道新疆ウイグル自治区にて支線化され、中国、南アジア、中央アジア、ユーラシア、欧州と張り巡らされる鉄道網の一部となるでしょう。その他、南アジアでは東西を結ぶインフラとしてBCIM経済回廊(BバングラデシュC中国IインドMミャンマー)とBBIN経済回廊(BバングラデシュBブータンIインドNネパール)の創設が構想されており、後者は巨大経済圏との融合を恐れる人口75万人のブータンが拒否の姿勢を貫いているものの、インドへの水力発電での売電を経済成長の柱としている同国は中国に対抗するインドに説得される形で最終的に協定に締結することになるでしょう。

中印の域内FDI残高比
参照:http://www.cfr.org/economics/economics-influence-china-india-south-asia/p36862


 1947年の英印の解体及びインド、パキスタンの独立以降、域内では印パを軸にした二項対立のもと、多くの民族・宗教紛争が見られ、長期に渡り、経済開発が着手出来ない状態にありました。一方、中パ経済回廊CPEC構想が持ち上がった2000年代以降、中国は域内構成国に対し、開発ドナーとして、また貿易パートナーとして多くの投資を行い、影響力を高めてきた背景があります。経済的観点では、外国直接投資及び貿易額でその内容を見ることが出来ます。上記グラフは中印の外国直接投資残高比となりますが、残高比ではほぼ均衡するバングラデシュでさえ、貿易額では中国優位の状況になり、南アジアにおけるその高い影響力を伺い知ることが出来ます。

 



 その中国にも不安視していることがあります。総投資額(予算)460億ドルとなるCPEC沿いにおける治安悪化であり、それは特に中国側の入口に当たるカシミール地域、そして出口に当たるバロチスタン州におけるイスラム過激派によるテロ活動や分離独立運動の高まりであり、それは安全保障への脅威のみならず、投資の減退予測が見込まれるものとなります。またバロチスタン州においてはインドがその分離独立運動に手を貸しているとされ、その観点から、パキスタンが牽制する「カシミール」とインドが牽制する「バロチスタン」は中国にとってトレードオフの関係にあります。

CPECルート拡大図
参照:http://www.indiandefencereview.com/news/what-is-china-pakistan-economic-corridor-all-about/

中国新疆ウイグル自治区カシュガルを起点とするCPECは、インドの「ジャンム・カシミール(J&K)州」に程近いパキスタンの「ギルギット・バルティスタン州」を通過するルートを取り、それら地域はアザド・カシミールと合わせてパキスタン実効支配地域(POK=Pakistan-occupied Kashmir)と呼ばれ、インドの実効支配地域であり尚且つ、カシミール分離独立運動が1947年以降絶え間なく続くJ&K州でのカシミール紛争の影響を強く受けます。また、グワダル港があるバロチスタン州はパキスタン国土の4割を占めるものの、人口は5%に過ぎないためパキスタン政府から冷遇されており、グワダル港での収益やアフガニスタンとの国境沿いにある石炭や天然ガス等の豊富な資源の権益を州により還元するよう反政府運動が活発になっています。

 また、同州北部最大の部族であるパシュトーン人は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて英国との間で行われたアフガン戦争の結果、その居住地がアフガニスタンパキスタンの2つに分断され、それは主にパシュトーン人を支持組織とするタリバンのテロ活動温床地域となっています。2016年には州都クエッタにおいて、反政府勢力パキスタンタリバーン運動(TTP)」による連続テロ行為があり、合計数百名の死者に上りました。複数ルートが存在するなかで、CPECが最東ルートを取った理由はこの地域の治安悪化の影響を最小限に留めるためであり、然しながら、グワダル港がある以上、同州の治安正常化は中国・パキスタン両国にとって至上命題になるでしょう。

グワダル港(パキスタン)とチャバハール港(イラン)
参照:https://www.pace.pk/iran-india-chabahar-afghanistan/

中国が租借したパキスタンのグワダル港に対抗するため、インドはイランのチャバハール港の港湾開発への大型投資の協定を昨年締結し、インド洋における中印の対立は一層激しいものになっています。域内投資や開発ドナーとして中国が優位に進めているなかでインドがその動きに強く対抗する理由はエネルギー供給源となる中央アジアに隣接しているアフガニスタンへの市場アクセスのルートを確立するためであり、国境を面していない以上、海上ルートしか存在しません。

 2050年までにはパキスタンが現在の1億8000万人から倍増の3億5000万人に、インドは12.5億人から16億人に到達し、また、中国を抜いて世界最大の人口となり、同時に、絶対的なエネルギー不足に陥ることが現時点で危惧されています。しかしながら、僅か72kmの距離の差に過ぎないグワダル港とチャバハール港でのアフガニスタン市場アクセスに関する中印対立も中国優勢が伝えられています。その鍵を握っているのはイラン。欧米が経済制裁を課すなか、将来的なエネルギー不足を見込み同国の石油や天然ガス資源の供給ルートに投資を継続してきた結果、いま現在、イランの最大の貿易相手国は中国となっているなか、イランとインドの協定は港湾開発の投資を主としており、相互依存を深めるイランが中国との実利経済を反故にしてまでインドに貿易上、加担する理由を見つけることが困難であるためです。輸出品目の約8割を石油や天然ガスで占めるイランの輸出統計は下記となります。


 先日、パキスタン政府が中国が租借しているグワダル港をロシアにも開放する旨の発表を行いました。2001年、中国、ロシア、中央アジアによる国際機関としてスタートした上海協力機構はその後、規模を拡大し、2017年にはインド・パキスタンの加盟が見込まれています。またオブザーバー国となるイランも近い将来加盟することになるでしょう。一方、ロシアと中央アジアの経済同盟であるユーラシア経済連合は、上海協力機構と「大ユーラシア・パートナーシップ」構想を掲げ、その南アジアでの試験的な取り組みをグワダル港の中露共同での港湾開発に置きました。インドが主導してきた南アジアは中国の「一帯一路」構想とロシアのエネルギー政策によって、将来的には中露の枠組みに取り入られることになる形でその経済連合であるSAARCは形骸化していくことになるでしょう。